徳島新聞 女性クラブ

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お知らせ

2014年12月30日火曜日

徳島新聞女性クラブ講演会 姜尚中さん 

2014/11/24付 徳島新聞朝刊暮らし面掲載

「自分が生きてきた物語を次世代に伝える魂の相続をしよう」
と訴える姜尚中さん=徳島市のアスティとくしま
 徳島市のアスティとくしまで開かれた女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」の第3回トークイベント。政治学者の姜尚中(カンサンジュン)さんが「心の力」と題し、予測できない現代社会を心穏やかに生きる心構えについて講演した。(髙﨑扶美子)

物で心の平穏得られぬ

 人間に一番必要なものは心の平穏だ。株価のように心が上がったり下がったりしていれば、ストレスになる。人は、できる限り平穏な心で家族や親しい人と生活を送りたいと願う。
 私は1950年に生まれた。あのころは、今日より明日、1年後より10年後がもっと良くなると素朴に信じられ、今が悪くても何とかなるという気持ちを共有し合っていた。将来は今よりも良くなっていると思えた時代は幸せだった。少しずつでも確実に上昇しているという感覚が人間を幸せにする。
 ところが、大震災などの災害や株価の乱高下、物価の下落と、この20年間で世界経済も世界の気候も予測できなくなった。リーマン・ショックのように、遠いアメリカで起きたことが、巡り巡って徳島の中小企業を直撃する。地球規模で今の社会は動いている。
 心の問題に関心が集まるのは、グローバル化が私たちの生活を大きく揺さぶるかもしれない中、心の平穏が得にくくなり、どうやれば家族が楽しく幸せな気持ちになる生活ができるのかを考えざるを得ない時代になったからだ。何が起きるかは分からないが、心構えをしておく必要がある。

 夏目漱石は100年前、今私たちが考えている心構えを既に小説にしている。作品で多く取り上げたのは、友人関係、男女の関係、お金の問題。人間の悩みは、この三つの問題とそれに付随する人間関係で、重要なものは言い尽くされる。特にお金は世界を動かし、私たちの不安の種であり、心をかき乱す。小説「こころ」には、お金をめぐって身内にだまされ、人間不信になった主人公が登場する。
 お金で解決できないのが人間の寿命で、人間はいつか死んでしまう。どんなにお金を貯めても、それを棺桶(かんおけ)に持って行くことはできない。ある人の人生の結果として会社とお金が残るかもしれない。でもその人生の物語を捨てて、残った物だけをありがたく受け取るのでは心の平穏は得られない。相続は、肉親の間で資産を受け継ぐことだけではなく、魂や物語を伝えることでもある。
 漱石が小説「こころ」で表現したことはそういうことだ。これから亡くなる「先生」という人が、若い「私」という学生にすべてを話す。「こころ」の冒頭には「私はその人を常に先生と呼んでいた」とあり、何十年か後に、年を取ったかつての学生であった「私」が「先生」の話を誰か若い人に伝えようとしている。伝えられて受け取って、また伝えていく。

自分の物語 次代に伝え

 人間は、自分のことを誰かに覚えておいてほしいと思うものだ。私は、できる限り講演に出向いたり、本を書いたりしている。自分の何かが次世代に伝わっていると感じると、幸せな気分になる。
 一人一人の生命には限りがあるが、それが集まって大きな川のような一つの流れになり、次の世代に伝えられていく。だから誰かがいなくなっても、別の誰かの口を通じてその人は生きる。自分が生きてきた物語を次世代に引き継いでいくことが、その人にとって大切なことなのではないか。

 戦後日本は無我夢中でやってきて、経済大国になり、豊かになった。でも、少しずつ先が見えなくなってじり貧になりつつある。人間は目先のことに目が向きがちだが、魂の相続を考えると、少し心が安らぐ。だから私は、魂の相続をしようと訴えている。来年で戦後70年。何を受け取り、次の世代に伝えていくのか。皆さんに考えてほしい。






2014年8月8日金曜日

徳島新聞女性クラブトークショー 小宮悦子さん

「目に見えないから将来が不安になるけど、
今をよりよく生きるしかない」と話す小宮さん
=徳島市のアスティとくしま
2014/08/04付 徳島新聞朝刊暮らし面掲載

徳島市のアスティとくしまで開かれた、女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」の第2回トークショー。フリーアナウンサーの小宮悦子さんが報道番組「ニュースステーション」のエピソードや人生観を語った。(高崎扶美子)

ニュースと向き合い歩む

 おてんばとシャイが同居しているような性格で、人の前に出るのは好きじゃない。書いたり読んだりすることが好きでマスコミを志望したが、アナウンサーになりたかったわけではなく、心構えも覚悟もなかった。失敗の連続で、就職したもののアナウンサーを辞めたいと思っていた。
 変わったのは、現場取材に出るようになってから。スポーツ取材で選手の話を聞くと、リアルで競技の素晴らしさが伝わるし、近くで見ると迫力もある。あっという間に引き込まれた。

伝えたい気持ち大切

■報道特番が転機

 入社5年目の1985年、新しい報道番組「ニュースステーション」のキャスターになった。その年末のニュースステーション特別番組が転機になった。
 番組は8月に起きた日航ジャンボ機墜落事故の特集で、スタジオには(犠牲者数と同じ)520足の靴が並べてあった。乗っていたであろう座席順に、子どもの席には子ども靴、女性のところにはパンプス。靴はその人をよく表す。何よりも520人の命が失われたことを物語っていた。
 それを見て、雷に打たれたように衝撃を受けた。日航機事故の報道でこんな表現は見たことがない。キャスターの久米宏さんのアイデアだったそうだが、テレビならではの表現を見て、ニュースステーションに、報道に、恋をした。それから無我夢中でニュースとともに歩いてきた。
 まだ女性キャスターが多くなかった時代に、スタッフは私のいいところを見つけて伸ばし、小宮悦子というキャスターをつくろうと育ててくれた。「アナウンサーの肩書きを捨てなさい。中身で勝負できるようになれ、ニュースに向き合え」と言われた。
 当時、アナウンサーは言われた通りのコメントをする受け身の仕事という観念があった。ニュースを伝えるには、ニュースが好きで「なんとしても伝えたい、重要性を分かってもらいたい」という気持ちをどれだけ持てるかが大切なのだと理解した。

■よりよく生きる

 ニュースステーションを13年、夕方のニュース番組を12年担当。30年近く続いた、テレビで毎日ニュースを読む生活をやめたとき、世の中から置いて行かれたようで不安になった。
 目に見えないから未来が不安になる。逆に、最期から今の私を見たらどうだろう。考えてみると、十分健康で今が一番若い。何でもできる、やりたかったことをやろうと、ずいぶんと気持ちが楽になった。今をよりよく生きるしかない。
 後悔をしないように、今できることを思い切りすると、周りの人にいい影響を与える。互いに影響し合う社会をつくっていけたら、人口は減っても豊かな社会になるのではないか。
 今、人口が減りつつあり出生率は低い。待機児童の問題で働きたくても働けない母親も多く、もったいない。女性の労働力を活用してこなかった政策の失敗だ。
 女性には自信を持って発言をしてもらいたい。女性は結婚し、子育てをし、いろいろな経験を積んでいるので、社会で必要なことがよく分かっている。政治家は女性の意見に耳を傾けてほしい。女性が積極的に発言し、動いていくことが、この国の将来をつくっていくことにつながる。


2014年5月21日水曜日

徳島新聞女性クラブトークショー:岸惠子さん

「好奇心を持ち続ける限り若くいられる」と話す岸さん=徳島市のアスティとくしま

2014/04/11付 徳島新聞朝刊暮らし面掲載

徳島新聞女性クラブトークショー
理想と好奇心を大切に女優業の半生 苦労明かす岸惠子さん

徳島新聞社が創刊70周年記念事業として発足させた女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」。初のトークショーが徳島市のアスティとくしまで開かれ、女優で文筆家の岸惠子さんが、40年余りに及ぶパリでの生活など自身の半生を語った。(高崎扶美子)

■映画出演
 人生には、ある日ふと自分を驚かせる何かが起きることがある。私にとってはジャン・コクトーの映画「美女と野獣」。恐ろしい野獣の美しくて切ない目が印象に残り、「映画はどうやって撮るのだろう」と考えた。松竹大船撮影所所長をおじに持つ友人に誘われ、撮影を見学した。 初めて見た撮影用カメラの黒くて大きなレンズは生き物のようで、私はこの生き物とずっと関わっていくと予感した。厳格な父の反対を押し切って、1本だけとの約束で出演したのが映画「我が家は楽し」(1951年)。その大ヒットをきっかけに女優人生が始まった。

■レッテル
 一度張られたレッテルはなかなかはがしてはもらえない。映画「君の名は」3部作(53〜54年)がヒットすると、真知子のイメージがいつまでもつきまとった。文章を書いて「メロドラマ女優にこんな文章が書けるわけがない。ゴーストライターがいるんだろう」と言われたこともある。大ヒット映画に出られて光栄だったが、その裏で私は非常にダメージを受けた。
 ベタベタとレッテルを張られると、皮膚呼吸ができず窒息するような感覚になる。このままでは壊れてしまうと思っていた56年、日仏合作映画「忘れえぬ慕情」に出演し、後に夫となるイヴ・シャンピ監督に出会った。監督は私を普通の女性として扱い、「日本だけじゃなく、世界中を見て知ったほうがいいよ」と言ってくれた。息苦しい部屋の窓が開いて春風が入ってきたような気分になった。

■渡仏生活
 フランスは階級社会ではないとはいえ、知識人や大衆、労働者と、話す言葉は変わる。私は学校や家庭教師、シャンピ家のお手伝いさんなどからフランス語を教わり、猛勉強した。20人くらいの正式なディナーに呼ばれたとき、帰りがけにふさわしくない言葉であいさつをしてしまった。そういう失敗をたくさん重ねてフランス語は上達した。言葉ができなければ、その地に暮らすことはできない。やる気になれば何でもできるのだと実感した。

■座右の銘
 マッカーサーが座右の銘にしていたという詩人サミュエル・ウルマンの詩「青春」は、私が常に考えていることと通じている。「人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる」。歳を重ねただけで人は老いない。私の言葉を付け足すなら「理想と好奇心を失うときに人は老いる」。好奇心を持ち続ける限り、若くいられる。

■小説執筆
 テレビなどで、認知症や終末期などで体に管を付けられ、赤ちゃん言葉で話し掛けられている高齢者を見る。痛々しく、高齢者が生きていることを申し訳なく感じるような場面に怒りを覚える。人生の終盤に、虹のかかるような素晴らしい経験をすることがあってもいいのではないかと考え、4年かかって高齢女性の恋をテーマにした小説「わりなき恋」(2013年)を完成させた。
 私は本職の物書きにはなりたくない。心に何かが満ちてきて、どうしても書きたいと思ったときに書く。これからの人生はものを書いていこうと思う。これまで一般の日本人女性が経験できないさまざまな苦労をし、その苦労を身に付けてきたからこそ、それを書いていきたい。